5年前に転職しました。同業他社へです。
きっかけは、逃げたい業務があったことでした。前向きな理由ではありません。この仕事を定年まで続けるのかと考えたときに、続けられないと思った。それだけです。
結果から言うと、転職してよかったと思っています。ただ、家計がどれだけ楽になったのかは、5年間ずっと分からないままでした。
自分の市場価値を知りたかった
最初にやったのは、転職エージェントへの登録でした。目的は求人を紹介してもらうことより、自分の市場価値を知るためだったと思います。
分かったのは、そう気持ちのいい答えではありませんでした。私にはこれといった市場価値がなく、同じ業界の中でしか働けない。別の業界に移る道は、年収を下げる可能性があるので現実的な選択肢として出てきませんでした。
それが分かってからは、やり方を変えました。求人サイトを眺めるのをやめて、人に聞くようにしたのです。同業他社で、楽で、給料の高い会社はどこか。同僚に聞き、上司に聞き、最後は役員にまで聞いて回りました。
今思えば、よく怒られなかったなと思います。ただ、いちばん確かな情報が集まったのはそこでした。結局、転職先は自分で見つけて、自分で応募しました。エージェントには登録して数回面談しただけで終わってしまった形ですが、あそこで自分の市場価値を知ることができなければ、業界の中を探すという発想にもなりませんでした。
手取りは月2万円ほど増えました
転職先は、集めた情報のとおりの会社でした。泊まりの勤務がなくなり、福利厚生も前より良くなった。そして手取りが、月に2万円ほど増えました。
正直に書くと、劇的な増え方ではありません。倍になったわけでも、年収が数百万円上がったわけでもない。それでも毎月2万円です。年にすれば24万円。これが定年まで続くと考えれば、それなりの額になるはずでした。
では、実際にどれだけ効いたのか。5年経ってようやく、自分で作ったシミュレーターで確かめました。
手取りが変わると何が動くか試してみる →1年でした
入れたのは、我が家に近いモデルケースです。年齢33歳、貯金は300万円。毎月3万円を利回り5%で投資に回しながら、一般的な4人家族というプランで、3歳と1歳の子どもを育てています。
まず、転職前にあたる世帯の手取り40万円で計算しました。総資産のほうは95歳まで一度もマイナスになりません。かわりに別の警告が出ました。51歳で、手元の現金が底をつく。下の子が大学に入った、その翌年です。足りない分は投資を取り崩して埋める形になります。
次に、手取りを42万円に変えました。転職で増えた2万円を足した形です。
52歳になりました。1年です。
月2万円、年に24万円。52歳までの19年で、昇給のぶんも含めれば500万円を超えるお金が家計に入る計算です。それだけのお金が入るのに、現金が尽きる年は1年しか動きませんでした。
ただし、まったく無駄だったわけではありません。95歳時点に残る総資産は、4,900万円から8,523万円へ、3,623万円増えています。効いてはいる。効いている場所が、私の見ていた場所ではなかっただけです。
同じ1年でも、残る額は1,659万円ちがった
ここで、気になって別の計算をしました。手取りは40万円のまま、「月々の固定費削減」を2万円にしてみたのです。
現金が尽きる年は、同じ52歳でした。収入を月2万円増やしても、支出を月2万円減らしても、届く年は同じ。
ところが、95歳時点が違いました。手取りを増やした場合が8,523万円、固定費を削った場合が10,182万円。同じ月2万円なのに、1,659万円の差がつきました。
理由のひとつは、このシミュレーターの作りにあります。生活費は、入力された手取りに応じて増える設計になっています。収入が多い世帯ほど生活費も多い、という統計の関係をそのまま入れてあるからです。つまり手取りを2万円増やすと、生活費も少し増える。手元に残るのは2万円まるごとではありません。
固定費削減のほうは、支出だけが2万円減ります。収入は変わらないので、生活費も動かない。削った2万円は、まるごと残ります。
ただ、差がついた時期を年齢ごとに追うと、話はもう少し込み入っていました。65歳の時点では、総資産の差はまだ175万円です。1,659万円の大半は、退職したあとに開いていました。
現役のあいだは、昇給のたびに、増えた2万円も一緒に膨らんでいきます。その年の家計に残る額で比べると、転職の効果は1年目が約14万円。52歳で固定費削減の年24万円に並び、53歳からは転職のほうが毎年多く残ります。
ところが退職すると、立場が入れ替わります。手取りに合わせて上がった生活費は、退職後も下がりません。年金も少し増えますが、上がった生活費を埋めきれず、転職の効果は毎年わずかなマイナスになります。一方で、固定費削減のスライダーは、95歳まで毎年2万円を差し引き続けます。昇給の効果は65歳で終わるのに、削った2万円は退職後も30年あまり、年24万円ずつ残り続ける。差の大部分は、ここから来ていました。
どちらも、このシミュレーターの前提から出てくる差です。現実には、手取りが増えても生活費を上げない人はいますし、月2万円の削減を95歳まで続けられるとも限りません。1,659万円は、その前提の上での数字です。
並べて見たときの気持ちは、複雑でした。私が1年を手に入れるためにやったのは、転職です。会社を辞め、面接を受け、環境を全部入れ替えました。同じ1年が、固定費を月2万円削ることでも手に入る。しかも95歳時点に残る額では、そちらのほうが1,659万円多い。通信費、保険、電気の契約。ひとつずつは小さくても、積み上げれば届く金額です。どれも、休みの日の午後で終わる手続きでした。
浮いたお金の使い道を決めていなかった話はスマホ代を7年削り続けた話に書きました。削ることと、増やすこと。労力はまるで違うのに、届く年は同じ1年でした。
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もう少し先まで動かしてみました。
手取り44万円。つまり転職で4万円増えた場合です。ここで「手元の現金が枯渇します」の警告そのものが消えました。52歳で尽きていた現金が、95歳まで一度も底をつかない。
かわりに別の表示が出ます。「投資の継続が困難になります」。これは、予定した月3万円を積み立てきれない年があるという意味で、資産そのものは最後までプラスです。95歳時点は10,896万円でした。
2万円では1年、4万円で警告の種類そのものが変わる。比例して効いてくるわけではありませんでした。下の子が大学に入る前後に来る塊を越えられるかどうかで、結果が段差のように変わります。
そして、月4万円の昇給は簡単ではありません。私の転職では届きませんでした。同じ業界の中で、同じような仕事をして、上がったのは2万円です。
それでも、転職してよかったと思っています
数字だけを見れば、1年です。転職という手段の重さに対して、割に合っているとは言いにくい。
それでも5年経った今、後悔はありません。理由はお金以外の部分にあります。
泊まりの勤務がなくなって、子どもを風呂に入れられる日が増えました。逃げたかった業務からは、本当に逃げられました。福利厚生が良くなったぶん、数字に出ない支出も減っています。私が転職で買ったのは、1年分の余裕ではなく、そういうものでした。
複雑な気持ちもあります。前の会社では、後輩が主任になり係長になっていく中で、私は平社員のままです。焦りがないと言えば嘘になります。そして今の会社に来て、新卒で入った人たちが会社から大事にされていると感じる場面が、何度もありました。中途で入るというのは、そういうことなのだと思います。
逃げた先にあったのは、完全な正解ではありませんでした。仕事は今も大変です。それでも、逃げなければ得られなかったものがありました。
私は毎日、水筒とおにぎりを持っていきます
最後に、書きながら気づいたことがあります。
私は毎日、水筒とおにぎりを持って出勤しています。昼に買えば600円かかるものを、朝の数分で用意する。それを何年も続けています。節約する意志が弱い人間ではないつもりです。
その同じ人間が、車を買うときには新車を選びました。100万円の価格差を、月々1万7千円という数字に置き換えて、そのまま流したのです。
毎日100円を削る意志は持っていました。その意志が、100万円の判断には一度も使われていなかった。転職も同じです。1年ぶんの余裕のために会社を変えたのに、その1年が何で決まっているのかを、5年間確かめずにいました。
努力の量ではなく、努力を向ける場所の問題でした。
転職を考えているなら、先に計算してみてください
転職を勧めるつもりはありません。私の場合はこうだった、というだけの話です。
ただ、これから転職を考えている人には、ひとつだけ言えることがあります。「給料が上がれば楽になる」と思っているなら、その「楽になる」が何年分なのかを先に見ておいたほうがいい。
月2万円の昇給で何年延びるのか。4万円ならどうか。そして、同じ額を支出側で削った場合とどちらが残るのか。あなたの家の数字を入れれば、1分で出ます。
そのうえで転職するなら、お金以外の理由も一緒に数えておいてください。私の場合、後悔していない理由のほとんどは、そちら側にありました。
手取りが増えると何年延びるか見てみる 入力は1分程度。今の手取りと、増えたあとの手取りを入れ替えるだけです


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